大宝神社
〜青麦の薫風〜


 「延喜式」神名帳には載っていませんが、社伝によれば大宝元年(701)に現在の栗東市小平井から現在の所へ移ったといわれ、明治時代に入るまでは大宝天王宮・今宮応天大神宮とよばれていました。
疫病を鎮める牛頭(ごず)天王として信仰を集め、古くは、氏子圏が50余村にもおよんだと言われています。牛頭天王すなわち素盞鳴尊(スサノオノミコト)は、古来除疫の神として崇敬されていました。ときの神主は古代において栗東を本拠地としていた有力氏族の小槻氏で、本殿棟札には「当神主 小槻俊実」、境内社十禅師社の永和元年(1375)の棟札に「左方神主小槻俊兼」などがあり、小槻氏が神主職だったことが裏付けられます。小槻氏は、栗東の下戸山にある小槻神社を祖神として祭祀する名族でした。江戸期になると、近江国守護佐々木氏の祟敬が厚く、社運は隆盛しました。
社域は約27,000uで、老樹の間に流造の神殿が静かなたたずまいを見せています。
同境内の追来(おふき)神社の本殿は鎌倉時代中期の建築で、国指定の重要文化財です。弘安6年(1283)の棟札が現存しています。
大宝神社で、有名と言えば社宝の「木造狛犬」です。造られたのは、平安時代から鎌倉時代(13世紀頃)にかけて、洲浜座に蹲踞する阿吽一対、像高50cmに満たない小像とは思えないほどの迫力があります。口を大きく開けて怒号する阿形は金箔押しとして、たてがみと尾は緑青で彩れています。口を閉じて上歯列を剥き出す吽形は銀箔押しで、たてがみと尾は群青で彩れています。胴部は細身ですが、胸等は強く張りがあり、筋骨の表現も写実性豊かで、颯爽とした身のこなしを感じます。野獣を表現した美術作品としては、これほど秀逸な表現はまれであり、わが国における狛犬の最高傑作と評しても過言ではなく、日本美術史における動物彫刻の代表作といえます。この「木造狛犬」は、国の重要文化財として京都国立博物館に寄託されています。
大宝神社には、もう一対の狛犬があります。造られたのは前述にあり狛犬より後の鎌倉時代(14世紀)頃だと言われています。前述の狛犬より、かなり大きな像で、吽形は頭上に角を持ち、阿形にはこれがないことから、いわゆる獅子・狛犬の一対として作られたことがわります。県指定の重要文化財で栗東歴史民族博物館に出陣中です。
また、境内には松尾芭蕉が詠んだ「へそむらの 麦まだ青し 春の暮」の句碑があります。

☆アクセス方法 ・名神高速道路 栗東ICより車で10分
・JR栗東駅西口から徒歩5分
☆問合せ 大宝神社 077−552−2093
☆HP http://www5.ocn.ne.jp/~daihou/






TOP
Copyright(c)2003 CITY OF RITTO TOURIST ASSOCIATION All Rights Reserved.