| 中央にある阿弥陀如来は、格狭間を表す須弥壇(しゅみだん)の中央に宣字座に坐して、両脇侍の観音・勢至は蓮華座上に立っています。阿弥陀如来像は、螺紙(らほつ)を刻まず、右肩を露出した納衣(のうえ)をまとい、衣端を懸裳風に垂らして、右足を外にして両足を交叉させて坐し、印相は転法輪印に近いが判然とせず、両脇侍に標識が認められず尊名は確認できません。 |
脇侍は、左右に大きく張った髻を結び、顔や腰を中尊側にひねって、統一的な三尊像を構成しています。
|
|
製作年代は明らかではありませんが、このすぐ下に弘仁7年(816)頃、金勝寺の奥の院として、金勝寺を建立した願安によって創建された狛坂寺の跡があり、寺の全盛期の平安から鎌倉時代に彫られたのではないかと言う説がありますが、奈良時代後期と言う説もあり、はっきりとはわかっていません。 |
| この磨崖仏は、中尊の大らかで、下ぶくれとなる顔に大ぶりの眼鼻立ちを刻み、非常に写実的で両肩を張った作風は、統一新羅彫刻の影響を認めることができ、昔、大陸から渡ってきた金勝族が、この付近に住みつき、中国の大同にある雲崗の石窟寺院と同じ姿の石仏をここに伝えたのではないかと言われています。 |